【日本遺産文化財】横手道と一町地蔵

横手道は大山信仰と牛馬市により発展した大山道の主要な道のひとつです。現在でも横手道は新緑の季節には緑が茂り、ひそやかに端然と美しい場所でもあります。横手道は主に山陽方面からやってくる参詣客が通った道です。国の重要文化財である阿弥陀堂の下にある洞明院の前の道を南に進むと横手道の入り口があります。

この沿道には1町(約109メートル)ごとに地蔵石像が置かれていました。これは大山を参詣する人たちのために道しるべとして配置されていたものです。この地蔵石像があることにより、当時の参詣者たちはあとどれくらいで大山に着くのかの目安になったわけです。

この一町地蔵は1722年ころから約40年間の間に造立されたことがわかっています。当時は50体あったとされていますが、現在では46体のみ。現在では風化して消えてしまったものも多いですが、地蔵の左肩には番号が刻んであります。また番号の他に戒名などが刻まれています。山陽側では大山は他界信仰の山であり、金門の南側がサイノカワラとして信仰され、近親者を亡くした人たちが地蔵菩薩の救済を願って訪れました。寄進者に大山寺を訪れた山陽の人々が多く見られるのはこのためだと考えられます。地蔵信仰が盛んだったことを知る歴史的にも重要な文化財です。

 

【参考文献】

大山町役場 「続 大山町誌」平成22年

中国新聞社 「大山探訪」平成3年