【日本遺産文化財】桝水地蔵

大山中腹に広がる桝水原にある地蔵尊。古くから大山参詣の人たちや農民の主要路で、彼らの「真清水(ましみず)」と呼ばれた湧き水がありました。この湧き水は枯れることなく、人々にとってとても重要な恵みの水でした。ますみずは「真清水」とも呼ばれましたが、「枡水」とも呼ばれていました。この所以は、いつの頃からかこの地に小さな水たまりができ、この水量が年間を通して変わらず、まるで枡では測ったようだったので「枡水」と呼ばれるようになりました。

ところが1696年(元禄9年)春、水が枯れてしまい凶作が続き、73人もの餓死者が出てしまいました。

1720年(亨保5年)作州の法印である宗真は地蔵菩薩を刻んだのがこの桝水地蔵です。餓死者たちの供養を祈り、宗真は48隔夜念仏を唱え、村人たちは枡で作った杓で水を献じました。これが現在でも続く桝水地蔵村祭の始まりです。

 

【参考文献】

伯耆町教育委員会 「ガイドブック 伯耆町の文化財」